1999 To See a Weight of a Dead Cicada 死んだ蝉の重さを知るために

Date : 1999-09-24
venue: スペースプラハ 札幌市  Space PRAHA
project : Time Based Art  No.1 境界を移動する女性、PRAHA PROJECT  安田和代

当時、映像やパフォーマンスアートのコーディネーターだった安田和代が企画し、イトーターリ、高橋芙美子、山岡佐紀子が参加した企画。この期間、この人たちは、イトーターリが1995年に呼びかけたWomen’s Art Networkのメンバーであった。札幌は、安田の故郷である。PRAHA PROJECTは、札幌のローカル・アーティストたちが運営していたプロジェクト。会場のSpace PRAHAは、元個人医院の1Fを改造した空間で、真ん中に鉄骨の支えがあるのが魅力のレトロで居心地の良い場所だった。

以上の詩は2003年のパフォーマンスのために書いたものだが、この蝉との経験自体は、1994年ごろのことだった。わたしはこの生な経験をもとに、「音」を聴くためのいくつかのパターンのパフォーマンスを続けていくことになる。この頃は、他者の身体的な痛みを人はどう感じるものなのか、と考えることも多かった。

ところでこのパフォーマンスを行なった札幌は私が生まれた場所。父が転勤の多い会社員で、私たち家族は、福岡(両親が結婚して姉が生まれた)→埼玉(東京)→札幌 →広島 →名古屋 →高松 →埼玉(東京)→福岡 →埼玉(東京)という順で、日本のあちこちに住んだ。だが、このパフォーマンスでは特に「札幌」であることは意識していない。この時にはすでに埼玉の川越に両親と共に住んでおり、父が寄居に良い石で有名な河原があると教えてくれたので、旅の前に取りに行き、スーツケースに入れて、飛行機に乗った。パフォーマンスには大体7個くらい使った。帰りは半分くらい持って帰った記憶。

このパフォーマンスでは、①まず、メトロノーム持って鳴らしながらゆっくり歩く。柱のところで止める。②石たちを観客と一緒に撫でて触り心地を味わった後、持ち上げ、床に落とすシーン。落下の時の音を聞くことに集中。③次にTシャツの胸の部分(うさぎの絵と縞模様)を切り取り、赤ワインに浸し、その濡れた布片を四方の壁に歩き回りながら、貼り付けるシーン。どんどん歩きのペースが速くなる。板の床がキシキシ鳴る。④音楽をカセットテープでかける(三宅榛名さんの「北緯43℃のタンゴ」、高橋悠治さんとのピアノの連弾)。かごに入れたリンゴやみかんなどを持ち出す。かごを持ちラタン材の椅子の手すりの部分に後ろ向きに乗り、ゆらゆら揺れながら果物を観客方向や床に次々投げる。やがて残った果物たちと共に私自身が落ちるシーン。この4つのシーンで成り立っていた。人々は④のシーンで背中から私が床に落ちるシーンに呆れすぎて、他の前のシーンのことは忘れたみたいだった。この時、奥歯を折ったので、それについては一生悩まされることとなる。